過去を肯定できると、今を前向きに生きられる。今からでも過去は変えられます。
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たくさんのモノを持つことはできないけれど、思い出はいくらでも持つことができる。モノを減らしていく中で気づいたことの一つです。そんな思い出。楽しかった過去もあれば、思い出したくないような過去もある。
だけど、否定したい過去よりよかったと思える過去を持っている方が、今を豊かに生きられるんじゃないか。過去は変えられないけど、過去の捉え方はいくらでも変えることができる。今日はそんなことを書きたいと思います。
今を生きている人
夏の楽しかった思い出
まだコンビニもメジャーでなかった子ども時代。夏の暑い日、家族で夜に近くの自動販売機まで散歩しながら、コーラを買いに行ったこと。帰ってきて冷たいコップにコーラを注ぎ、みんなで飲んだこと。当時流行っていたいろんな種類のマックシェイク(バナナ味とか、スイカ味とか)を買って、凍らせおいて、夜に食べたこと。
わたしの子どものころのワクワクした思い出は、割とジャンクなものとつながっていました。
マクロビオティックの基準からみたら
長女を出産後、マクロビオティックや玄米菜食をを知ることになります。身体に優しい食事とうい視点で見ると、コーラやマックシェイクを飲んできたことは、残念なことであり、わたしはワクワクしていた夏の思い出を、否定したい過去として捉えるようになってしまったのでした。
また、普段は手作りの食事を作ってくれていた母に対しても、たまにジャンクなものを食べていたというだけで、子どもにそんなものを食べさせていたなんて、と否定したい気持ちが生まれてることに。
と同時に、今の自分の中に毒が溜まっているような、そんな過去をもつ今の自分もまた、ダメな自分として捉えていました。
誰にとっての正解か
その後、こだわっていた玄米菜食やマクロビオティックから少し距離を取れるようになります。そういう心が健全な?状態で過去を振り返ってみたとき、もちろん、わたしの母がたまに好んできた食べてきたジャンクなものは、マクロビの視点からみたら、残念なもの。でも何が正解で何が不正解かって、誰が決めるんだろう、って思ったのです。
もちろん、今のわたしは子どもにコーラを飲ませたいとは思わないし、マクドナルドに行くこともありません。だけど、わたしの子ども時代のその思い出がダメなものだとか、間違ったものだとか、そういう風には捉えたくないし、楽しかった記憶が消えるわけでもない。
過去は変わる
夜にマックシェイクを飲んだこと、コーラを買いに行ったこと、そしてそこでワクワクした、子どもの頃のわたしがいたこと、どれも変わることはありません。
だけど、それをどう捉えるか。否定したい過去なのか、楽しかった過去なのか、それを決めているのは今の自分自身。過去をどう捉えても構わないけれど、過去を否定していた頃はちょっと苦しかった。それを楽しかった思い出として受け入れている方が、今の自分もまた認めてあげられる。
いろんな過去があるけれど、いつでも過去は変えられるし、過去を受け入れることで、今も未来もまた前向きに生きられる。昨日あった出来事で、ちょっとそんなことを感じたのでした。150min
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