変わっていくことは素敵なこと。変化を楽しむ自分でありたい。
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飽きっぽいのは悪いこと?
ミニマリストブロガーののメグさんがこんな記事を書かれていました。
ホームベーカリーを断捨離した理由は?そして、新しく手に入れた小さなワクワクとは。 - ミニマリストは世界を変える!
わたしも先日パン作りを断捨離したばかり。この記事を書いたとき、わたしは自分がパン作りに飽きたということに若干の後ろめたさを感じていました。でも、今日のメグさんの記事を読んでみて感じたのは爽やかな軽やかさ。そこでこんな風にコメントさせていただきました。
@yukuriyuko 「変化を楽しんだもの勝ち」いいですね!私も超・飽きっぽいです(笑)。ブロガーとして「好奇心旺盛」「常に変化する」のは、良い資質と思考転換しています。
— メグ (@megukatuma) 2016年4月15日
飽きっぽいと捉えるか、好奇心旺盛と捉えるかで随分違う。飽きるということは悪いことじゃない。飽きっぽい自分も捉え方でいい方にだって考えられるなぁと感じたのでした。
昨日と今日だって違っていい
それで思い出すのが、独身時代に勤めていた建築会社の社長のこと。
社員が「社長、昨日と言ってることが全然違うじゃないですか。」というと、社長は「そんなの当たり前やないか。昨日と今日のわしは違うんや。言うことも違って当たり前や。」と返していました。
この社長、本当に変わった人で、60歳を過ぎた自らのことをSilver Dragonと呼び、「白髪が生えてきたし、いいやろ(ニヤッ)」と言ってみたり、「回転寿司のポテトが上手いんや(高いお寿司屋はもう飽きた)」と言ってはよく連れて行ってもらいました。毎日のように変化していく社長についていくのに、必死でしたが同時にとても刺激を受けていました。
変化することは恥ずかしいのか
今日もちょうど美容院に行き、いつもの美容師さんからこんな話を聞きました。以前は塩で頭を洗っていたけれど、最近はシャンプーに変えたとのこと。
前回行った時は、塩で洗う気持ち良さを熱く語っていたばかり。だから本人も少し恥ずかしそうだったのですが、わたしはむしろその変化がなんだか嬉しくて、タイムリーに感じたのです。
人は熱くなっていたことに飽きてしまうことに、どこか罪悪感を感じてしまうものなのかもしれません。だけど、自分自身の変化にちゃんと気づいて変わっていける人こそ、常に魅力的であり続けられる、そんな風に今は感じます。
環境の変化に敏感でありたい
子どもと一緒に暮らすわたしは毎年が変化の連続です。子どもが幼稚園から小学校に上がれば、あっという間に手が離れ、3年生になった今年は妹を連れて遊びに行ってくれるようになりました。
子どもから手が離れたこの少しの時間。気づかなければなんとなしに過ぎてしまう。このちょっとした時間ができたことに気づいて、わたしは今、ブログを書いています。
女性は男性よりも環境の変化が起きやすいように感じます。職人のような生き方に憧れていた頃は、こんな自分の環境を、不安定だと感じていましたが、今はむしろその波に乗って生きていくことが楽しいです。日々アップデートしていく生き方を。今はそんな風に感じています。
こちらも参考になります(ブログ村トラコミュ)
自己紹介書いています。